ある本屋の日常

〜 約束の本 〜

38 行 2026/06/21 09:44

 今日もあの子が来てくれた。
 私と旦那で切り盛りする町の本屋。大型書店やネットに押されて売り上げが落ちている。旦那と話をして、本屋を続けることに決めた。商店街の中にある店で、お客さんは顔なじみばかり、でも楽しい日々を過ごしている。
 そこに、加わった一人の青年。
 多分、大学生だろう。毎日のように顔を出す。代り映えのない本棚を眺めてから、週刊誌や新刊を買っていく、その時に交わされる言葉が温かい。本当に、本が好きだと、紙の本が好きだと伝わってくる。

 あの子以外にも客は来る。
 どちらかというと歓迎できない子たちが来た。旦那も私も何度も注意をしている。近くに出来たタワーマンションに住んでいる子供たちだ。立ち読みくらいならいいのだが、本をぐちゃぐちゃにする。破ってページを持ち去るような行為をすることもあった。万引きをされることもあった。

 この日は、並んでいた本をぐちゃぐちゃにしている間に、自分たちが持ってきたバッグに本を押し込んでいた。本が可哀そうだ。
 本だけではなく、あの子が注文する時に置いていった前金の入った金庫を持ち去ろうとしていた。

 丁度、旦那が帰ってきて、子供たちを取り押さえた。旦那は、あの子が注文していた本を取りに行っていた。
 親が来たが、謝ろうとしない。”子供のしたこと”で終わらせようとしている。謝罪の言葉が聞ければ、よかった。

 もう夕方から夜の時間帯だ。
 旦那が警察を呼ぼうとした。

 え?
 旦那の頭から血が吹き出ている。私も胸に激痛が走った。

 子供と親たちは、逃げるように店から・・・。

 ダメ!
 その本は、あの子の本!それは渡せない。

 あ・・・そうだ。
 ぐちゃぐちゃになった本を直さないと・・・。

 そろそろ、あの子が・・・。
 こんなにぐちゃぐちゃになった店は見せられない。シャッターを閉めて・・・。

 あの子の名前と住所を・・・。

 この本を渡し・・・。あの子の顔を・・・。

 楽しみだ・・・。

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